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銀座六丁目すずらん通り(SUZURAN STREET)を
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銀座コラム vol.8

コロナショックも
乗り越えて!

(写真左)銀座通り 和光前(中央区立京橋図書館所蔵)、(写真右)現在の銀座通り

現在日本はコロナショックに見舞われていますが、昭和後半にもいくつかの“ショック”に見舞われました。そのひとつが、昭和48年のオイルショックです。第4次中東戦争が勃発した影響で原油価格が4倍に跳ね上がり、世界経済は大きく混乱。ガソリンの値段も急騰し、物資不足が噂されてトイレットペーパーの買い占め騒動などもおきました。また、銀座では節電のために広告ネオンが一斉に消され、真っ暗な夜が続きました。

銀座通り歩行者天国 昭和56年(中央区立京橋図書館所蔵)

また、昭和60年代には土地の価格や株価などが急激に上昇する“バブル経済”と呼ばれる時期がありました。高級車やリゾートマンション、ゴルフの会員権などが飛ぶように売れ、クリスマスにはカップルは高級ホテルに宿泊し、プレゼントはブランド品や高額の宝飾品がもてはやされました。銀座で夜間にタクシーを乗ろうとしても、行列に並ばないと乗れないような時代でした。日経平均も3万8,915円。日本で一番高いと言われる銀座4丁目、5丁目あたりの土地も1坪1億2千万円を超えていました。

銀座通り 平成3年(中央区立京橋図書館所蔵)

しかし、急激な景気後退とともにやってきたのはバブルの崩壊です。株価や土地の価格の下落が続き、銀行や大企業までもが倒産する事態となりました。企業の交際費も削減され、銀座では数えきれないほどのクラブやキャバレーをはじめ飲食店が店を閉じました。
その後、ITバブルの到来や崩壊、リーマン・ショック、東日本大震災など様々な出来事を経験しました。どんな不況や困難が訪れようとも、必ず立ち上がってきたのが日本であり、銀座なのです。現在もコロナ禍による影響で大変な想いをしていますが、必ず回復して、日本中から、世界中から、お客さまをお呼びいたしましょう。